「おいしい」が、ある日突然どこかへ消えた。
口に入れても甘さも塩気も感じず、立ちのぼる湯気は金属のにおい。
抗がん剤治療が始まって3週目の私は、茶碗のごはんを前に“食べる理由”さえ見失っていました。
けれど——味覚が働かなくても、人には 香り・温度・食感・見た目 という残された感覚がある。
この五感を「味の代わりに働くスイッチ」に変えた途端、
・ゆずの香りでふっと広がる“脳内の味”
・熱々の味噌汁とキリッと冷えたトマトの温度コントラスト
・噛まずに飲めるスープテイストの栄養剤 ――
“食べられなかった日々” が少しずつ動き始めました。
本記事では、がん治療で揺らぐ味覚のタイプを整理しつつ、
味がしなくても食べられた具体メニューと、香り・温度・食感を活かす7つの工夫 を体験ベースで紹介します。
「味がわからないから食べられない」を、「五感で楽しむから食べてみたい」へ――
小さな実験で、食卓との距離をもう一度縮めてみませんか?
- がん治療で起こる味覚変化のタイプ
- 味がしないときでも「食べられた」具体的なメニュー
- 香り・温度・食感を使った 7 つの工夫
はじめに|「味がわからない」と食卓がつらくなる前に

抗がん剤が始まって 3 週目。ふわっと漂う湯気さえ金属の香りのように感じ、茶碗のご飯はただの白い固まりに見えました。箸を置き、「食べる意味があるのか」と真剣に悩んだ夜もあります。
そんな私をキッチンへ引き戻したキーワードは “味覚以外の五感”。香り、温度、食感、器の手ざわり……。味覚が働かなくても、食事はまだ五感の遊び場でした。以下は、その“遊び場”で見つけた 7 つの小さな突破口 です。
がん治療で起こりやすい味覚のゆらぎ
変化 | 具体的な感じ方 |
---|---|
味覚消失 | 何を食べても水のよう。甘辛の区別も無し |
異味症 | 肉やコーヒーが「鉄さび」の後味に変化 |
閾値上昇 | しっかり塩を入れても“薄い味噌汁”状態 |
嗅覚過敏 | キッチンの油煙で吐き気、鍋の湯気が恐怖 |
ポイント:味覚細胞は 10〜14 日で生まれ変わるため、“今の味覚”は仮の姿。固定化させず流動的に捉えると気がラクになります。
味がないときに救われた 7 つの食べ方
1. 香りで“脳に味付け”
- 柚子・レモン・大葉・生姜・ごま油——嗅覚に訴える香りは味覚を“呼び水”に。
- ゆずポン+冷奴、レモン香る鶏スープ が定番。
2. 温度コントラストで感覚にスイッチを入れる
- 熱々の具だくさんみそ汁/キリッと冷えたトマト。
- ぬるい 食事は味の輪郭がさらにボヤける、と体で学びました。
3. “においの少ない”メニューでムカムカ回避
- 焼き魚→サバ水煮缶、カレー→梅雑炊にスライド。
- 油煙の出ない調理法(蒸す・レンチン)が救世主。
4. 噛まずに飲める栄養補助へ一時避難
- メイバランスMini スープテイスト をマグで。甘味ゼロなので助かる。
- ゼリータイプは冷蔵庫で“ほぼデザート”扱いに。
5. 酸味・冷たさ・食感で“刺激三重奏”
- 冷やし中華にレモン汁/クラッシュアイス入りティー。
- 味より刺激 の発想で、喉越し重視メニューを開拓。
6. 市販品は「梅・柑橘・和だし」ラインが無難
- 洋風チーズ系は金属味が増幅。
- コンビニのお粥コーナーでは 梅・柚子 味を指名買い。
7. “お気に入りの器 + 小盛り” で心理的ハードルを下げる
- 九谷焼の小鉢に一口だけ盛る——完食率が 30%→80% にアップ。
- 「食べ切れなかった自分はダメ」 という呪いを解除。
まとめ|味覚ゼロでも五感は味方になる
味覚だけに頼らず、香り・温度・食感・視覚 を総動員すれば “食べる楽しみ” はまだ残っています。今日は飲むだけ、明日は香りを足すだけ——そんな小さな実験を繰り返しているうちに、私は自然と食卓に戻れました。
食べられた一口が、体だけでなく心の回復スイッチにもなる。